べオ・チスタ・エネルギア(Beo Čista Energia、BCE)社は壮大な事業に取り組んでいる。欧州に残された最大の旧式廃棄物埋立地の処理・整備と閉鎖だ。セルビアの首都ベオグラードに隣接するビンチャエリアでは、数十年にわたり首都圏の廃棄物が運び込まれ適切な処理がされないまま廃棄され続けた結果、それは危険な廃棄物の山となり周辺環境を脅かしている。BCEは、フランスのスエズ・グループ、日本の伊藤忠商事、欧州の投資ファンドであるマルガリータ・ファンドが官民連携(PPP)事業を推進する為に設立した特定目的会社で、ベオグラード市とともにこの埋立地の処理・整備と閉鎖、管理型廃棄物埋立施設の新設、そして化石燃料に代わり、ベオグラード市民に熱及び電気を供給する103メガワット(MW)の廃棄物処理発電設備の建設等に取り組んでいる。このプロジェクトの総費用は3億7300万ユーロ(約460憶円)に上り、世界銀行グループの多数国間投資保証機関(MIGA)がこの3社の投資に保証を与えている。
われわれはロンドン駐在時に伊藤忠欧州会社及びアイ・エンバイランメント・インベストメントのジェネラル・マネージャーとして本事業の開発、準備に携わり、プロジェクトが本格化する中、現在BCEのマネージング・ディレクターとして事業を推進している原田光亮氏に同プロジェクトについて話を伺った。
問)ビンチャにある廃棄物埋立処理場の第一印象は?
答)正直その状況に目を疑いました。プロジェクトの緊急性が一目で分かりました。40年に及ぶ何の処理もされていない廃棄物が巨大な山をなし、そこから出た汚染水は国際河川であるドナウ川に流れ込み、更にその廃棄物の山は川岸に向かって拡大を続けていました。また廃棄物の山の奥深くから生み出されるメタンガスによってあちこちで火が上がっていました。少なくとも、周辺の都市とエコシステムが危険にさらされている事は明らかでした。
問)ビンチャプロジェクト参加以前はどちらに?
答)英国に駐在していました。英国では伊藤忠商事はスエズ社と共に4件の廃棄物処理発電事業へ投資、事業を推進しています。我々は英国において年間130万トンに上る廃棄物を処理して、約16万世帯分の家庭に供給できる量の発電を行っています。伊藤忠商事とスエズ社との関係は長期的な戦略的提携関係であり、世界中で廃棄物発電事業等その他事業にも共同で取り組んでいます。
問)廃棄物処理プロジェクトは、試練の連続と言えると思います。このビンチャ事業はどうやってバンカブルな(スポンサーへ遡及せず事業構造・採算性に依拠してプロジェクトファイナンス融資が可能となる)形を取ることができたのでしょうか?
答)数ある要因の中で、何か1つの要因だけでプロジェクトがバンカブルになる訳ではありません。プロジェクト参加者間、とりわけパブリックセクターと民間事業者との間の適正なリスクと責任の分担が必要です。経済環境が変化しても事業が継続できるようなしっかりした事業構造と収入構造、そして、効率的で順応性の高い技術ソリューションが必要です。
通常は廃棄物埋立地の整備と閉鎖は、それ単体で商業ベースには乗りません。政府はこれを廃棄物発電の様な事業採算性の取れる事業と組み合わせました。この事業ではBCEは熱及び電力販売契約を結んでいますが、加えてベオグラード市は、事業費の一部をカバーするために新たに廃棄物処理税を導入する事になっています。このプロジェクトの事業化にあたって、ベオグラード市は世銀グループの国際金融公社(IFC)からアドバイスを受けましたがこれは大きな支援になりました。
問)セルビアの官民提携(PPP)についての新法(PPP法)はこのプロジェクト実行にどう役立ったのでしょうか?
答)なくてはならないものでした。この新法がなければ、民間企業としてこのプロジェクトを手掛けるインセンティブを持てなかったでしょう。PPP法はパブリックセクターがが民間パートナーと官民連携事業においていかに協業すべきかについての概要を定め、PPP事業のの土台を整えるものですが、セルビアにおいてPPP事業は新しい概念でした。PPP法は2011年に成立しましたがそれ以前はセルビア法制度上にPPP事業を行う事は不可能でした。
問)官民提携(PPP)プロジェクトは現在、政府にとって非常に魅力的なのはなぜでしょうか?
答)この3億7000万ユーロに上るプロジェクトは、ベオグラード市民の生活の質、健康、安全の向上に絶対不可欠な事業です。しかしながら、セルビア共和国の首都であり同国のマクロ経済をけん引するベオグラード市では、財政の制約下、他にも多くの投資案件を抱えています。このような状況下にある都市にとって、PPPの手法は、民間資本を市民のために効率的に活用するための最良の解決策だと思います。
問)伊藤忠の他の官民提携プロジェクトは、このプロジェクトの指針となりましたか?
答)はい。我々が過去推進したまたは現在推進している世界中の類似プロジェクト、特に廃棄物処理事業において官民提携(PPP)の手法が広く活用されている英国のプロジェクトで学んだことを取り入れました。われわれは世界各地で同様のプロジェクトを立ち上げ、実行するためにストラクチャードファイナンスを活用していますがその仕組みはプロジェクトごとに異なり、そのプロジェクト固有の環境にテーラーメイドでストラクチャーを適合させる知見と専門性が必要だと考えています。
問)MIGAはこのプロジェクト実現にどう役立ちましたか?
答)このプロジェクトはノン・リコースファイナンス(スポンサーに対して不遡及)を使ったバルカン地域で初めての大型官民提携(PPP)廃棄物プロジェクトであり、先駆的プロジェクトだと位置づけられています。セルビアは未ださまざまな面で新興経済国である一方、政府はこのプロジェクトに直接的な保証を与えていません。こういった点から、MIGA の保険は民間投資事業者のリスクプロファイルを改善し、プロジェクトを一段と魅力的なものにしてくれています。
問)MIGAとIFCが関与すると、そのプロジェクトは環境面からも社会的な観点からも厳しい基準を満たすことが求められます。ビンチャにおけるプロジェクトでは基準を満たすのが難しくありませんでしたか?
答)いいえ。伊藤忠商事もスエズ社もこれまでも同様の経験がありましたので難しい事ではありませんでした。しかし、MIGAとIFCの専門家は、いくつかの非常に扱いの難しい事柄に対してもとても有益なアドバイスと、それに対処、モニタリングする仕組みを提案してくれました。たとえばベオグラード市はこのプロジェクトにおいて用地の取得、事業予定地に住む家族を移住させなくてはなりませんでしたが、その提案により移転住民の生活維持・向上に対して、非常に高い水準の配慮をもって実施する事が可能となっています。
問)ビンチャプロジェクトをひな形として世界の他の地域に応用する可能性は?
答)われわれはこのビジネスを世界各地で非常に強力に推し進めています。経済移行過程にある国、都市にとって、旧式で非衛生的な廃棄物埋立処分場の整備、廃棄物管理システムの向上、温室効果ガス排出の削減、そしてそれら全てを適正且つ可能な市民の負担の範囲内で実現させるという複数のチャレンジを同時に実現する事は簡単でありません。このプロジェクトはそういった問題を抱える都市において道標の様な役割を果たすと思っています。東欧、中近東、アジア、中南米の多くの自治体において同様のクリエイティビティが必要とされていると理解していますが、我々の知見はその解決に大きく貢献できると自負しています。